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2010年02月11日

大豊神社2010年氏神祭・剣鉾ニュース

先日の2月7日、BIGニュースが飛び込んできた。

鹿ケ谷・南禅寺の産土神である大豊神社「大豊講社剣鉾保存会」の会長から連絡があり、

2010年5月4日の氏神祭で、大豊神社の剣鉾7基すべてが巡幸に供奉することが決まった。


大豊神社の創建は仁和三年(887)。昭和62年(1987)に創建1100年を迎え、

本来はその年の氏神祭を記念祭として剣鉾の奉賛も考えられたが、

各町剣鉾の修繕修復が成っていなかったので、勢揃いが叶わなかった。

しかし、1100年から23年を経た今年、揃って祭礼に出せる状態に至り、

目出度く7基が揃っての巡幸が決定されたのです。


来る5月4日は、是非、大豊神社の氏神祭に足を運んでいただきたい。

京都の祭の真骨頂、剣鉾祭の醍醐味を充分に味わって頂くことが出来ると思う。

7基が揃っての巡幸は、この機会を逃すと、おそらく見ることはできないだろう。



 ※昭和55年5月11日、南禅寺参道沿いにての小休止。鉾差三人の着物は「葵鉾」のもの。
   当時は、桜谷町の菊鉾と扇鉾が交互で寝かせて担ぎ参加。
   他の5基が年番ローテーション参加で鉾差しによって差されていた。
   毎年2基が神輿巡幸に供奉し、この年は菊鉾と葵鉾だった。



この機会に、大豊神社の7基の剣鉾をご紹介しましょう。
大豊神社は、各鉾町が剣鉾を守護しています。


・菊鉾/桜谷町




・扇鉾/桜谷町





・葵鉾/北ノ坊町
  葵鉾の本鉾/昭和55年5月11日の祭礼時の撮影。
  粟田神社の葵鉾と瓜二つ。双子と言っていいほど酷似している。




  これは、昭和55年当時の、鉾当家での当家飾り。剣鉾は葵鉾の留守鉾。







・菊鉾/若王子町
  菊鉾の本鉾/やはり、昭和55年の祭礼時の鉾当家での鉾飾り。



  こちらは、菊鉾の留守鉾。しかし、この大胆な菊の意匠は圧巻である。
  大豊の剣鉾の中で唯一、中央の額が神額タイプではなく十六菊紋である。
 




・観音鉾(龍)/永観堂町
  意匠は日月龍ながら、鉾名は観音鉾。




・観音鉾(菊)/下河原町
  この剣鉾も意匠は菊ながら観音鉾という。額には神社号は入らず「観音戈」と入っている。




・牡丹鉾/草川町
  2008年に見事に復調なって、美しい姿で巡幸に供奉。初夏の空に輝きを放って眩しい。





■大豊神社





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Posted by どせうの寝床 at 21:28│Comments(7)大豊神社
この記事へのコメント
どぜうの寝床様

こんにちは。kenichsbergです。ご無沙汰しています。

貴重な情報をどうもありがとうございます。まだ先の話なので、行けるかどうかわかりませんが、チェックしておきたいと思います。

ところで、最近面白い本を読みました。村上隆『金・銀・銅の日本史』という本です。どこが面白かったかというと、日本で真鍮という合金が一般化したのは、早くとも16世紀後半からという点です。

そう、現在の剣鉾のほとんどで、剣先や飾りが真鍮製なのです。つまり、剣鉾のほとんどは、どんなに早くても16世紀後半以降に新調されたということがわかります。

材質から剣鉾の起源が考えられるとは、思いもよらない発見でした。真鍮製以外の剣鉾があるのかどうかといったことも興味がわきます。

この件に関しては、一度じっくりどぜうの寝床さんのご意見を受け賜れたらありがたいと思います。

取り急ぎまとまりのない話で恐縮ですが、このあたりで失礼いたします。
Posted by kenichsberg at 2010年02月13日 19:50
kenichsbergさん、ご無沙汰してます。

真鍮のお話、非常に興味深いですね。
『金・銀・銅の日本史』早速読んでみたいと思います。
しかし、日本で真鍮が一般化したのが、早くとも16世紀後半というのは驚きです。
この16世紀後半というラインを、今後意識して見てみたいと思います。
まねき(剣先)の長大化が流行していくのと、真鍮の入手の容易さ(技術やコスト)と関係があるかもしれませんね。


>真鍮製以外の剣鉾があるのかどうかといったことも興味がわきます。

あの北白川の「黒鉾」が鉄ですよね。一面に黒錆で被われていて、黒鉾と呼ばれる様になったと思われます。
黒鉾は壱之鉾仲間で守護されていますが、祭礼に出る壱之鉾は黒鉾にならい真鍮の剣先に黒漆を塗って黒くしています。
16世紀中頃から遡って造立された剣鉾・鉾・矛たちの素性も当たってみたいですね。同じように、神輿の装飾も真鍮が多様されていますが、古いサンプル数は、剣鉾よりも神輿の方が圧倒的に多いですから、そちらも見てみると面白いかもしれないですね。

では、また宜しくお願いします。
Posted by どぜうの寝床どぜうの寝床 at 2010年02月23日 13:24
kenichsbergさん、『金・銀・銅の日本史』読みました。
やはり、気になるのが「日本で真鍮が一般化した」の一節ですね。

その一般化とは、どんな基準と照らして一般なのか、そこのところを突き詰める必要がありそうですね。

機会がありましたら、一度お会いしてお話したいですね。

私などは、今までがほとんど実地(祭礼の地元)での聞き取り・見聞が中心でした。
見たり聞いたりしたことが、そのまま情報源でした。
しかし、このブログを書き出すようになって、資料館や図書館での書物などの研究記録や情報に触れる機会が、以前よりは増えたかと思います。
といっても、一般書籍として出ていない範疇の、古文書や学術論文や記録には、触れる機会はまだまだ少ないでしょうね。

剣鉾のまつわる古記録がまとまってある訳がなく、
誰それの日記の一文に書かれていたり、どこそこの神社の縁起録に書かれていたり、
まあ、大きな砂場で米粒一つを探すような作業なのですから、大変といったら大変です。
でも、これが醍醐味とも言えたりしますがね。

そういったことに加えて、最近足らないなぁ~と思うことに、
剣鉾が生まれる前段階に、皇室の行事や諸社の神事に登場する鉾や矛の知識など、
基礎的な知識が欠落しているということがあります。
突然、剣鉾も現れたわけではなくて、鉾や矛の延長線上に生まれてきたものでしょうから、
素性を解明するには、そこのところは不可欠なのではないかと思うようになってきました。
そこまで、深めていけるかまったくわからない状況ですが、今後とも宜しくお願いします。

またコメント下さい。それから、本当に一度お会いしたいですね。
Posted by どぜうの寝床どぜうの寝床 at 2010年02月23日 14:23
どぜうの寝床様

こんにちは。keinichsbergです。
コメントに対するレスありがとうございます。

剣鉾の資料という点では、やはり出雲路敬直先生の調査報告がすごいですね。40年近く前の調査ですが、その価値は色あせていないと思います。
でも、あれから追跡調査してないのかなあ。今も矍鑠としていらっしゃるので、一度おうかがいしたいと思っています。

それからもしご都合がよろしければ、春祭りシーズンが始まる前にでも何かやりますか。まあ、そのあたりは後日メールで・・・

とりあえずこのあたりで失礼します。
Posted by kenichsberg at 2010年02月25日 20:57
keinichsbergさん、ご返事いただきながら日が経ってしまい失礼しました。

やはり、出雲路敬直先生の調査報告になりますか。
あの「剣鉾考」に始まる三編ですね。
以前に、京のまつり研究会の例会で、剣鉾をテーマにした回があり、
社務所の座敷を会場にして講演をしていただいたことがあります。
その際のお話を聞いたところでは、それ以降、新たに調査を進めておられる様子ではなかったです。
しかし、昔から調査をされておられたので、犬鷹鉾などを実際に見ておられたりするのではないでしょうか。
そういった貴重なお話も聞きたいものですね。

それから、”ご都合がよろしければ”の件ですが、メールさせていただきます。
是非よろしくです。
Posted by どぜうの寝床 at 2010年03月05日 15:27
ご無沙汰してます。

今年の大豊さん、剣鉾がそろうのですか。楽しみですね。

僕はおそらくいつもどおり神輿につくことになると思いますが、よろしくお願いします。

春祭りは地元も含め、多くあるので色々行くことになると思います。
Posted by kengo at 2010年04月16日 12:46
kengoさん、ご無沙汰してます。
今年もこのシーズンがやってきましたね。
手拭を頭に、大きなデイバックを背負った姿がまた見れるわけですね。
よろしくお願い致します。

追伸 こちらは山王祭が昨日終わったところで、しばらく神輿漬けでした。
京都と違って、山王祭の神輿は、黒棒と胴だけに取り付いて舁くことがほとんどですので、鳴り環の華やかさはありませんが、なかなか凄みがありますよ。
Posted by どぜうの寝床 at 2010年04月16日 18:39
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