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2007年11月29日

京のまつり研究会 第5回例会『京都の剣鉾』講演参加

京のまつり研究会に入会して8ヶ月、久々の例会参加です。

なんと今回は、京都の剣鉾に焦点をあわせて、

下御霊神社宮司・出雲路敬直氏の講演が行われました。

入会当初から、事あるごとに剣鉾…剣鉾…と言っていたので、

取り上げていただけたのでしょうか?

来年の5月は、八大さんと嵯峨祭の見物ミーティングを企画される予定とのことです。

会場の写真は、最前列に座り込んでしまったものですから、

撮影ができませんでした。残念・・・




その後、近隣に下御霊さんからすぐそばの東三本木にあります、

幕末の儒学者・頼山陽が晩年を過ごした書斎「水西荘」を訪れました。

ここは、東山三十六峰を一望の内に収めることができるとして「山紫水明處」の名で有名です。

夕方の太陽の光に、鴨川西岸の紅葉が眩しいです。



会場の写真がない代わりに、今回の案内状と講演で使われたレジュメをUPしておきます。







東三本木通から細い路地を奥へ奥へ。



建具に入っているガラスは建てられた当時のもので、
現代のガラスのようにキレイな平面にはできていない。
景色を映すとよくわかるが、歪みがあり、それが柔らかい味わいを生み出している。
ガラスは当時、非常に貴重なものであったろう。

書室や控えの間の腰板が、これは珍しい。アジロになっている。
夏場の座敷の敷物といったらアジロ敷きだが、
あの冷っとした肌触りが懐かしい。

珍しかったのは、山紫水明処に入る手前の左手の玄関の欄間。
虫食いで面白い模様を見せている材木を欄間の材に使っている。
母の里の土蔵の梁、今はもうないけれど、虫食いで面白い模様を浮き出していたのを思い出す。



■下御霊神社  地図はこちら

■山紫水明処  地図はこちら




この記事へのコメント
先日、ウクライナの子が言っていたのは、このことでしたか!

山紫水明處は、知りませんでした。今度鴨川から見つけてみます。

粟田祭の手拭ですが、一昨日やっと弟(粟田御輿会)に今年の分をもらえました。うちにある(使っている)のを見てみると、十三年が柏鉾、十八年は葵鉾なので、十二年は鉾の手拭を作っていないということなのでしょう。
ちなみに、二年の手拭は、葵鉾と橘鉾が並び立った縦長のデザインです。
Posted by モリ太 at 2007年12月05日 11:31
モリ太さん、ご無沙汰してます。
先日の11月28日、6ヶ月ぶりに練習会に参加しました。
平成19年度最後の会、指納めでした。
その模様は、またブログUPします。

来年・H20年度練習は、3月19日(水)からスタートです。
この3ヶ月は自主練せんと、また左フクラハギが鈍ってしまいます。

ところで、手拭のことですが、平成12年手拭は、この記事にもUPした、
「粟田祭巡行壱千年祭」のやつだったんじゃないですか。
モリ太さんの話を聞いたら、そう思えてきました。
やっぱり、一年に2種類の手拭は作らないですよね。
そうすると計算がバッチリ合います。

それから、縦の図柄の手拭ですが、
社務所のカーテンがこれなんですよ。
それもブログにUPしますね。
鉾指しのみんなで、これええやんと、話し合ってたところです。
めっちゃレアです。昭和61年から9年間で完結のシリーズでした。
粟田神社剣鉾奉賛会ができる以前のものです。
Posted by どじょうの寝床改め「どぜうの寝床」どじょうの寝床改め「どぜうの寝床」 at 2007年12月07日 13:48
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