先日の2月7日、BIGニュースが飛び込んできた。
鹿ケ谷・南禅寺の産土神である大豊神社
「大豊講社剣鉾保存会」の会長から連絡があり、
2010年5月4日の氏神祭で、大豊神社の剣鉾7基すべてが巡幸に供奉することが決まった。
大豊神社の創建は仁和三年(887)。
昭和62年(1987)に創建1100年を迎え、
本来はその年の氏神祭を記念祭として剣鉾の奉賛も考えられたが、
各町剣鉾の修繕修復が成っていなかったので、勢揃いが叶わなかった。
しかし、1100年から23年を経た今年、揃って祭礼に出せる状態に至り、
目出度く7基が揃っての巡幸が決定されたのです。
来る5月4日は、是非、大豊神社の氏神祭に足を運んでいただきたい。
京都の祭の真骨頂、剣鉾祭の醍醐味を充分に味わって頂くことが出来ると思う。
7基が揃っての巡幸は、この機会を逃すと、おそらく見ることはできないだろう。
※昭和55年5月11日、南禅寺参道沿いにての小休止。鉾差三人の着物は「葵鉾」のもの。
当時は、桜谷町の菊鉾と扇鉾が交互で寝かせて担ぎ参加。
他の5基が年番ローテーション参加で鉾差しによって差されていた。
毎年2基が神輿巡幸に供奉し、この年は菊鉾と葵鉾だった。
この機会に、大豊神社の7基の剣鉾をご紹介しましょう。
大豊神社は、各鉾町が剣鉾を守護しています。
・菊鉾/桜谷町
・扇鉾/桜谷町
・葵鉾/北ノ坊町
葵鉾の本鉾/昭和55年5月11日の祭礼時の撮影。
粟田神社の葵鉾と瓜二つ。双子と言っていいほど酷似している。
これは、昭和55年当時の、鉾当家での当家飾り。剣鉾は葵鉾の留守鉾。
・菊鉾/若王子町
菊鉾の本鉾/やはり、昭和55年の祭礼時の鉾当家での鉾飾り。
こちらは、菊鉾の留守鉾。しかし、この大胆な菊の意匠は圧巻である。
大豊の剣鉾の中で唯一、中央の額が神額タイプではなく十六菊紋である。
・観音鉾(龍)/永観堂町
意匠は日月龍ながら、鉾名は観音鉾。
・観音鉾(菊)/下河原町
この剣鉾も意匠は菊ながら観音鉾という。額には神社号は入らず「観音戈」と入っている。
・牡丹鉾/草川町
2008年に見事に復調なって、美しい姿で巡幸に供奉。初夏の空に輝きを放って眩しい。
■大豊神社